Oliveのこと

このごろ、昔よんでた雑誌 「オリーブ」を読みたくてしかたがない。

たぶん、実家のどこかに何冊かは眠ってる、とおもう。
おもいたい。

月に二回
3日と18日発売。
2週間なんて、今ならあっという間なのに、
あの頃は待ち遠しくて待ち遠しくてしかたなかった。

手元に今すこしあるのは
「うたたね」特集の切り抜きと
だいぶん後になってからの「秋の夜の ぜいたく時間」という特集の切抜きなど。

オリーブの特集は、すてきなテーマがいっぱいだったな。
村上春樹特集とか恋愛特集とか・・・・
ダイエット特集とかも、普通に読み物として楽しめる感じで。
がつがつしてなくて、すごく好感がもてた。

毎回、なんどもなんどもページをめくった。飽きもせず。

それから、あの雑誌の質感、ボリュームもすきだったな。

あのころのわたしと重なって
せつない存在のオリーブ・・・

フリーッパーズギターに始まり、いわゆるギターポップがだいすきで
音楽ばかりきいていた

あのころのオリーブにあいたい。

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アパートの鍵

ふとした瞬間に、降ってくる切ないようなきもち。

あのアパートのちいさな部屋での日々のこと。

夏の部屋がすごく暑くてくらくらだったこととか、
夏を過ごしやすくするための工夫とか、
子どもたちのためにつくった砂場とか、
子どもたちとベッタリすごした毎日のこととか、
子どもたちが寝るまで歌い続けた子守唄のこととか、
一日をうまくすごせなかったこととか、
一日のいろいろに押しつぶされそうになっていたこととか
よく近くの温泉のお風呂に家族みんなでいったこととか、
とにかくよく家族で散歩したこととか
小さな子どもたちを車に乗せホタルを見に行ったこととか、
もくもく煙の中みんなで花火をしたこととか
何かにイラだって上の子につらく当たってしまったこととか、
だんなさんのやさしさに気づかず言いたい放題いってしまったこととか、
おなかに赤ちゃんがやってきたこととか、
子どもたちの誕生日、手作りケーキのろうそくがまぶしくて切なかったこととか、
いつもぷりぷりしてプンプン怒ってたこととか
大声で子どもたちを叱ってしまったりとか、
そんな自分が情けなくて悲しくてどうしようもなかったこととか

どちらかというと、いつもメソメソしてた日々
でもいっしょうけんめいだったなあ
「もがき」に近いかもしれない

もう戻りたくないけれど 戻りたくなる。
過ぎ去ったことは  いつも きらきらしている
あんなにメソメソしてたのに ふしぎだなあ
あの頃のわたしがせつなくて、ギュッとしたくなる

わたしのなか こころのおくに
あのアパートの部屋の鍵がある
(イメージはアンティークのかわいらしい形の鍵です)
宝もの

たくさんのなかの ちびっちゃい ひとつ

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おほしさま、ゆらゆら。

今日、フェアトレードのお店へお邪魔しました。

小さなお店なのだけど、あたたかくて優しい気持ちになれる空間でした。

入り口はいってすぐのスペースに雑貨、もう少し奥へ行くと衣類、さらに奥は喫茶スペースになっていて、

小さいながらも、いろいろ盛りだくさんなお店です。

ちなみに今日の「お昼の定食」は、メインが野菜カレーだったようです。

家族四人、おなかをすかせていた私たちは、「お食事したいな~」と思いつつも、

あまりにもアットホームな雰囲気すぎて、なかなか勇気が出ないのでした・・・・

また、別の機会に・・・ということで。今度はぜひお食事したいなー。

また、ここのお店の人がなんだかとってもいい空気感を持たれてて、すてき!

魅了させられました。あー、常連さんになりたいもの!

さてさて、ここでのお買い物。らせん状に金と銀のおほしさまがついた「ゆらゆらモビール」、それと私用のと子ども用のショーツ(オーガニックコットンで気持ちよさそう!)、です。

このモビール、ちょっと季節はずれな感じがしないわけではないけれど、お部屋に飾ったらすてきだろうな~、と購入。

飾ってみると、やっぱりかわいい。お部屋がやさしい感じになりました。

手作りのものや天然素材のものってやっぱりあったかい。

ほっとします。

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フェアトレード!最近の関心事のひとつです。

私たちは普段何気なしにお買い物しているけれど、その物の背景について、

これはどこでどうやって誰によって作られたんだろうと思いをめぐらすことは少ない。

それは食品についてもいえることだけれど、お買い物の判断基準のひとつに「安さ」がある。

それから「流行」。「ブランド」などなど、人によってさまざま。

「すこしでも安い方がいい」、これも生活する中で重要なことではあるけれど、

そればかりにとらわれすぎないで、その背景について考えてみることも大切だな、と思うのです。

例えば、それがなぜ安いのか、考えてみたことがある?

安いにはそれなりの理由があるはず。

その中には(全てが全てそうではないけれども)、海外の子どもたちや女性がタダ働き、または低賃金で

大変な重労働強いられながら生産されたものもあるのです。

それを買うことは、彼女たちの雇い主である企業を支援することになります。

私たちが「買えば買うほど」悪循環で、弱い立場の人々は、

さらに悪条件な労働を強いられることになるかもしれません。

自分たちの着ている衣服や物の背景に、苦しい思いをしている人がいるかもしれないと思うと、

いくら「気に入ったから」「安かったから」といっても、ちっともハッピーじゃありません。

子どもに着せる衣服や持ち物についても、そう。

知ってしまうと、見て見ぬふりするのはつらいです。

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物があふれている今だから、その背景も不透明になってしまって、何がどうなのかわからない。

そんな中でフェアトレードのものを選ぶというのは、ひとつの選択肢になります。

そんな私も、お金には余裕がないけれど、できることからはじめたいな、と思います。

物について思いをめぐらす、それがいちばん大切なことだなーと思ったりします。

ちなみにフェアトレードでは、その労働に値する適切な賃金が支払われています。

それによって、生活が保障されます。子どもを学校に通わせることもできます。

例えば、東南アジアなどへの寄付金や日本政府からの補助金といったものは、

本当に貧しい農村部には届いていないという現状があるそうです。

しかし、フェアトレードのものを買えば、確実に生産者へ利益が還元されます。

需要があがればあがるほど、生産者の人々は豊かになるのです。

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最近図書館で借りた本に「安ければそれでいいのか!?」というのがあります。

ファーストフードや外食事情など、食について書かれた本。

フェアトレードと少しずれるけれど、「背景を知る」という点では共通しています。

また、「食品の裏側」という本も、私たちに「知る」ことの重要性を示唆している。

これは食品に使われている添加物について書かれた本。

何も知らないで食べる・・・、自分が食べたものについて知らない・・・・恐ろしいことです。

何の疑いもなく(そこまで変なものははいってないでしょ!って。)食卓に出し、

子どもや夫が「おいしい、おいしい」って添加物のかたまりを無邪気に食べる・・・・

わたしもそうでした。

今の世の中、添加物の入ってない食品のみを口にすることは、かなり困難。

添加物が全て悪い!とか、そういう極論を言いたいのではなくて、

添加物があふれている今だからこそ、もっと食品を選ぶときに慎重にならなくては!知らなくては!

と思うのです。

かなりショッキングな内容でした。機会があればぜひぜひ!おススメです。

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まず私たちが「知る」ということ。そこから全てが始まっていくように思います。

利益ばかりを追求しすぎる企業。なんだかぎすぎすして悲しい時代だな・・・・

食べもの、着るもの、使うもの。そもそも人を幸せにするもののはずなのに、

完璧なのは形だけ、それじゃあ悲しい。

でもでも反対に、意識の高い、がんばっている小企業も増えてきているよう。

そういう人々、企業を応援したい!もっともっと増えるといいな。

そんな社会、すてきだな。

子どもたちの未来のためにも。

「この世はすてたもんじゃない」って思いたい。

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畑がほしい。

どこかで畑をかしてもらえないかなあ。

有機栽培の野菜を作りたい。ベランダの家庭菜園では限界がある。

土を変えるには最低でも3年はかかるそう。

自分の食べる野菜は自分でつくる。すごーくあこがれます。

自給自足に近い生活。わたしのゆめです。

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わたしのしごと。

昔の日記を読み返していたら、こんなのがでてきた。

―わたしの仕事について。   美しい時間をすごし美しい時間を人(家族)に与えること。穏やかな時間を過ごして穏やかな時間を人に与えること。心を込めてご飯を作ること(それには下準備が必要だな。ぱっと作れるように)。ひとつのこと丁寧に丁寧にできるとすてきだな。心を込めてできると本当にすてきだと思う。わたしらしい毎日が送れるといいな。掃除、洗濯、お料理。ほっとひといき、誰かのためや自分のためにも、本当に丁寧に心を込めてお茶をいれたりとか、そうして誰かの心の中にふわりやさしい風がやってきたり、やさしい気持ちになってもらえるとうれしいな。おうちの中がトゲトゲしないよう、せっせとお手入れ。わたしのこころもドロドロ重たいものを溜め込まないで、心の中もいっしょにお掃除。ため息じゃなくて深呼吸。

そしてさらに本の「幸せな子ども」の引用文が。

  ―『おかあさんの大事な仕事のひとつは、子どものそばで機嫌よく暮らして、心の目を高みに向けることかもしれません。この世の損得でものごとを考えながら生きてきた私が子どもを産んだとき、星の国から降りてきたこんないい子にとぎれとぎれの俗世の視線だけでは間に合わないと、確かに思いました。』

   『よどんだ損得勘定と不満を手放す必要があります。気持ちの波はありますが覚悟を決めて地味な暮らしの中に喜びを見出そうとして淡々と働いて毎日を送るとき、心の眼は高みに届きます』

   『親が子どものそばで、幸せでいようと決めて幸せに過ごしている間に、その子が大人になったときの幸せの核を育てていると思います。』

   『子どもを育てることで。私たちのなかの優しさと強さが育ちます。キーワードは「地味」と「高み」。』

専業主婦の悩み。別の人にとれば、それは贅沢な悩みかもしれない。

でも24時間リセットすることなしに家事や子育てに明け暮れる毎日の中で、自分という人間がどこかへ埋もれてしまった、そんな感じを抱いている主婦は多いと思う。毎日する仕事。料理、洗濯、掃除・・・・。

わたしは二人目の長男が生まれて、ここ半年ぐらい、二人の子育てをしながらけっこうこういう気持ちに陥ってしまうことがある。

まだ私たち夫婦だけの生活だったときは、毎日楽しんで家事をしていました。生活自体を楽しんでたような気がします。ベランダで家庭菜園をしたり、ケーキやパンを焼いたり。

まだ一人目長女のときも、子育ても生活も自分らしく!と楽しんでいたように思う。

じゃ、今は楽しんでないの?となると、そういうわけではないけど、必死で日々の生活の中に大切なことが埋もれてしまわないように意識しています。

昔は無意識でやってたことも、意識的でないとできない。

あまりにも短期間でガラッと生活が変わってしまって戸惑っているのかもしれません。でも子育ては進行中、「ちょっと待って」というわけにいきません。

たぶん、まだ、二人の子どもを含む生活のリズムが、完成されていないからだと思います。試行錯誤で、日々実践中。体の中にこのリズムが染み付けばいいのだけれど。自分のペースがつかめてない感じです。 

昔の日記を読み返して、生活のこと、子育てのこと、自分自身のこと、いろいろ考えさせられました。

まず一日のリズムをみつけること。これからやってみようと思います。       

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