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わたしのしごと。

昔の日記を読み返していたら、こんなのがでてきた。

―わたしの仕事について。   美しい時間をすごし美しい時間を人(家族)に与えること。穏やかな時間を過ごして穏やかな時間を人に与えること。心を込めてご飯を作ること(それには下準備が必要だな。ぱっと作れるように)。ひとつのこと丁寧に丁寧にできるとすてきだな。心を込めてできると本当にすてきだと思う。わたしらしい毎日が送れるといいな。掃除、洗濯、お料理。ほっとひといき、誰かのためや自分のためにも、本当に丁寧に心を込めてお茶をいれたりとか、そうして誰かの心の中にふわりやさしい風がやってきたり、やさしい気持ちになってもらえるとうれしいな。おうちの中がトゲトゲしないよう、せっせとお手入れ。わたしのこころもドロドロ重たいものを溜め込まないで、心の中もいっしょにお掃除。ため息じゃなくて深呼吸。

そしてさらに本の「幸せな子ども」の引用文が。

  ―『おかあさんの大事な仕事のひとつは、子どものそばで機嫌よく暮らして、心の目を高みに向けることかもしれません。この世の損得でものごとを考えながら生きてきた私が子どもを産んだとき、星の国から降りてきたこんないい子にとぎれとぎれの俗世の視線だけでは間に合わないと、確かに思いました。』

   『よどんだ損得勘定と不満を手放す必要があります。気持ちの波はありますが覚悟を決めて地味な暮らしの中に喜びを見出そうとして淡々と働いて毎日を送るとき、心の眼は高みに届きます』

   『親が子どものそばで、幸せでいようと決めて幸せに過ごしている間に、その子が大人になったときの幸せの核を育てていると思います。』

   『子どもを育てることで。私たちのなかの優しさと強さが育ちます。キーワードは「地味」と「高み」。』

専業主婦の悩み。別の人にとれば、それは贅沢な悩みかもしれない。

でも24時間リセットすることなしに家事や子育てに明け暮れる毎日の中で、自分という人間がどこかへ埋もれてしまった、そんな感じを抱いている主婦は多いと思う。毎日する仕事。料理、洗濯、掃除・・・・。

わたしは二人目の長男が生まれて、ここ半年ぐらい、二人の子育てをしながらけっこうこういう気持ちに陥ってしまうことがある。

まだ私たち夫婦だけの生活だったときは、毎日楽しんで家事をしていました。生活自体を楽しんでたような気がします。ベランダで家庭菜園をしたり、ケーキやパンを焼いたり。

まだ一人目長女のときも、子育ても生活も自分らしく!と楽しんでいたように思う。

じゃ、今は楽しんでないの?となると、そういうわけではないけど、必死で日々の生活の中に大切なことが埋もれてしまわないように意識しています。

昔は無意識でやってたことも、意識的でないとできない。

あまりにも短期間でガラッと生活が変わってしまって戸惑っているのかもしれません。でも子育ては進行中、「ちょっと待って」というわけにいきません。

たぶん、まだ、二人の子どもを含む生活のリズムが、完成されていないからだと思います。試行錯誤で、日々実践中。体の中にこのリズムが染み付けばいいのだけれど。自分のペースがつかめてない感じです。 

昔の日記を読み返して、生活のこと、子育てのこと、自分自身のこと、いろいろ考えさせられました。

まず一日のリズムをみつけること。これからやってみようと思います。       

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