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マクロビオティックって何ぞや?

最近「マクロビオティック」という言葉をよく耳にします。

玄米生活を始めて、2週間ちょっとたちました。感想は、気持ちいい!おいしい!です。

マクロビオティックにも興味が出てきて、最近買った本が『ORGANIC BASE(オーガニックベース)―マクロビオティックと暮らす―/奥津典子 著』です。

かなりおもしろくて、いっきに読んでしまいました。

マクロビオティックって堅苦しくてわかりにくい、難しいという印象が消えました。今まで読んだところでの感想は、「なんか楽しそう~!!!」です。わたしは、もう「まえがき」を読んだだけでなんだか感動してしまいました。

マクロビオティックを「玄米菜食」とか「動物性のものを避ける食事」とか単なる食事制限ぐらいにしかとらえていなかったのだけど、実に奥が深いこと。

「たべもの」によって、人は変わる。身体的にも精神的にも。そうしているうちに生活も変わってくる。マクロビオティックは「食」だけにとどまってなくって、「生き方」のように思いました。

それから、マクロビオティックにおいて「たべもの」の範囲は、とっても広くておもしろい。

ただ単に「口に入れるもの」だけが食べ物ではなくて、それを料理する過程や心の状態、雰囲気、料理方法もすべて「たべもの」だと。それから極端なはなし、環境も聴く音楽も聴いたり見たり感じたりするもの全て、いってみれば自分の中に取り入れるものは全て「たべもの」。

食べ物の素材も、できるだけ有機栽培であったり、化学的な処理をされていないものを利用する、とあってなかなか完ぺきに実行するのは難しいのだけれど。これも心にとどめておきたいことだなあ。有機栽培のものとそうでないものとでは、その栄養価も4対1ほどに違いがあるのだそう。これにはビックリ!

「陰」とか「陽」とか、確かに分かりにくいけれど、料理するときや食べ物について考えるとき、マクロビオティックの考え方は、とっても「愛」に満ちててすてきだな~と思います。

もっと、マクロビオティックについて知りたくなった。

次は久司道夫さんの本を読んでみたくなりました。

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春風さん、こんにちは。

今日ほとってもいいお天気だったので、家事も早めに切り上げて、近くの運動公園へ二人の子どもたちとお散歩に出かけました。

だーれもいないので歌を歌ったり、小枝を拾ったり、虫をみつけて「春だねえ」なんてお話」しながら歩きます。

ちいさな青い花を見つけて摘んで歩いていると、ぽろっと風に花だけ飛ばされました。長女が「風さんがもっていってもた~!」。

最近オルフォースの「風さん」という絵本を長女と読みました。お話の延長上に生きているんだなと思いました。

思い起こせば、ちいさな子どもたちはよくすてきなことを言ってくれたりする。大人みたいにねらわずに。

そういうちいさなつぶやきを、ここ最近わたしはちっとも聞いてなかった。いや聞こうとしなかったのかもしれない。子育てをせっせせっせとこなす事ばかりに気をとられて。

なんだか私の中にも、春風吹いた、そんな出来事でした。

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ぽかぽか、温泉。

日曜日だというけれど、子育てと家事に休みはないのです。最近疲れ気味なわたし・・・。

だんなさんが、「今晩温泉にいこ!おれのおごり!」。ということで、夕飯も簡単に済ませ近くの温泉へ行くことに。

小さな子どもが二人いるので、うちはたいてい家族風呂を利用します。電話であらかじめ予約しておいて、19時すぎ、温泉へと向かいました。

ここの家族風呂は、内風呂と外にちいさな露天風呂があってとってもいい雰囲気。時間も1時間と長めなので、本当にゆっくりできました。

毎日バタバターっとお風呂をすませてしまうので、たまにこういう機会があるとほっとします。

近場だけど、ちょっとだけ旅行気分!気持ちよかったー!

一日の終わりにこういうのがあると、それだけで一日がんばってよかったーと思ってしまうわたし。

だんなさんの「おれのおごり」の粋な計らいに感謝!!!です。

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オートミールクッキー。

今日は、図書館の日。

子ども二人と一緒に、家事も早めに切り上げて、図書館へ。

長女があれやこれと、すきな本を持ってきて、ちいさな椅子にこしかけて一冊ずつ読みます。でも、ここだとまだ他のことに気をとられて、絵本に集中できないみたい。

長めに絵本をさわらせてあげて、そのあと「次はおかあちゃんの本も探させてね!」とお願いしてみます。今日は満足したのか「いいよ!」といってくれました。かなり短い時間でしたが、かろうじて私も一冊借りられた!

帰ってお昼ごはん、お昼ねのあと、長女と二人でオートミールクッキーを焼きました。卵もバターもお砂糖も使わない素朴なやさしい味のおやつです。

昨日のうちに作っておいた生地を手で適当に伸ばして、うさぎやアヒルさんの型で抜きます。「したい~」と長女。やってみるとやわらかい生地のため、うまくできない。

最近すぐイライラして「待つ」ことのできないわたし・・・。

結局「おかあちゃんに任せとき」とやってしまった。楽しいはずのクッキー作り。これじゃあ意味ないですよね。ココロに余裕がないなあ。反省。

ごめんね・・・とばかりにクッキーを焼いている間、借りてきた絵本(「かぼちゃひこうせん、ぷっくらこ」をという絵本。かわいいお話でした。)読んであげてると、今度は「待ち」すぎてちょっと焦がしてしまった・・・。

それでも「おいしい、おいしい」と食べた長女でした。

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ココロとカラダにやさしいお水を。

大山のふもとにある「本宮の泉」のお水をもらいに行きはじめてから、二年半ぐらいになります。

20ℓのものを二缶、だいたい週に一回ぐらいもらいに行きます。

今日も、いつものようにドライブがてら家族4人で行ってきました。「どんぐり村」に「本宮の泉」のお水がひいてあって、私たちはいつもそこでいただきます。そこから少し奥へ行ったところに、「本宮の泉」の源泉があるそう。

ちなみに、この「どんぐり村」。手作りのお味噌やお漬物、季節のお野菜から、お茶っぱやおやつなどなど、お手ごろなお値段で手に入ります。ついでにちょっとのぞくのも、楽しみの一つ。

さてさて、お水のはなしでした。ここのお水は、まろやかでとってもおいしい。ミネラルたっぷり、ココロまで潤うような、そんな気持ちのいいお水。

体の大部分はお水。だから、まずお水!だからお水にはこだわりたいもの。

少々手間だけど、それもありがたみが増すってもの。

いまやお店にはいろんなミネラルウォーターが並んでいるけれど、お料理にも使うし毎日のこととなったら、けっこう金銭的にもきびしい。

それに、売られているミネラルウォーターの中には、体によくないもの(たぶん保存料みたいなもの?)を加えてたりだとか、その加工過程の処理の仕方に問題があったりするものもある、というような記事をどこかで読んだことがあります。

それがもし本当なら、体にいいはずのお水なのに、よくわからないことになってしまいます。

長女がアトピーなので、うちでは体に入れるものには気をつけています。

料理に使ったり、飲むお水もそうだけど、お風呂やシャワー、顔を洗ったりする時に体に浴びるお水・・・水道水は塩素がきつくて、肌や髪にけっこうダメージを与えるそうです。

ずっと気になっていて、最近ついにお風呂用の浄水器を買いました!お水にこだわるとけっこう大変。

これでアトピーが治るか?といったらそんなに単純なことではないだろうけれど、しないよりはいいかな。

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わたしのしごと。

昔の日記を読み返していたら、こんなのがでてきた。

―わたしの仕事について。   美しい時間をすごし美しい時間を人(家族)に与えること。穏やかな時間を過ごして穏やかな時間を人に与えること。心を込めてご飯を作ること(それには下準備が必要だな。ぱっと作れるように)。ひとつのこと丁寧に丁寧にできるとすてきだな。心を込めてできると本当にすてきだと思う。わたしらしい毎日が送れるといいな。掃除、洗濯、お料理。ほっとひといき、誰かのためや自分のためにも、本当に丁寧に心を込めてお茶をいれたりとか、そうして誰かの心の中にふわりやさしい風がやってきたり、やさしい気持ちになってもらえるとうれしいな。おうちの中がトゲトゲしないよう、せっせとお手入れ。わたしのこころもドロドロ重たいものを溜め込まないで、心の中もいっしょにお掃除。ため息じゃなくて深呼吸。

そしてさらに本の「幸せな子ども」の引用文が。

  ―『おかあさんの大事な仕事のひとつは、子どものそばで機嫌よく暮らして、心の目を高みに向けることかもしれません。この世の損得でものごとを考えながら生きてきた私が子どもを産んだとき、星の国から降りてきたこんないい子にとぎれとぎれの俗世の視線だけでは間に合わないと、確かに思いました。』

   『よどんだ損得勘定と不満を手放す必要があります。気持ちの波はありますが覚悟を決めて地味な暮らしの中に喜びを見出そうとして淡々と働いて毎日を送るとき、心の眼は高みに届きます』

   『親が子どものそばで、幸せでいようと決めて幸せに過ごしている間に、その子が大人になったときの幸せの核を育てていると思います。』

   『子どもを育てることで。私たちのなかの優しさと強さが育ちます。キーワードは「地味」と「高み」。』

専業主婦の悩み。別の人にとれば、それは贅沢な悩みかもしれない。

でも24時間リセットすることなしに家事や子育てに明け暮れる毎日の中で、自分という人間がどこかへ埋もれてしまった、そんな感じを抱いている主婦は多いと思う。毎日する仕事。料理、洗濯、掃除・・・・。

わたしは二人目の長男が生まれて、ここ半年ぐらい、二人の子育てをしながらけっこうこういう気持ちに陥ってしまうことがある。

まだ私たち夫婦だけの生活だったときは、毎日楽しんで家事をしていました。生活自体を楽しんでたような気がします。ベランダで家庭菜園をしたり、ケーキやパンを焼いたり。

まだ一人目長女のときも、子育ても生活も自分らしく!と楽しんでいたように思う。

じゃ、今は楽しんでないの?となると、そういうわけではないけど、必死で日々の生活の中に大切なことが埋もれてしまわないように意識しています。

昔は無意識でやってたことも、意識的でないとできない。

あまりにも短期間でガラッと生活が変わってしまって戸惑っているのかもしれません。でも子育ては進行中、「ちょっと待って」というわけにいきません。

たぶん、まだ、二人の子どもを含む生活のリズムが、完成されていないからだと思います。試行錯誤で、日々実践中。体の中にこのリズムが染み付けばいいのだけれど。自分のペースがつかめてない感じです。 

昔の日記を読み返して、生活のこと、子育てのこと、自分自身のこと、いろいろ考えさせられました。

まず一日のリズムをみつけること。これからやってみようと思います。       

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布オムツ、再び!

三月から布オムツを再開しました!

二人目長男がお腹にいるとき、それでもしばらくは布で過ごしていたのですが、だんだん体もきつくなってきて、一度中断。

そして長男が生まれてしばらくは、また布オムツをしてあげていたんだけれど、バタバタと日々の生活に追われ、やっぱり中断。便利な紙おむつに頼ってしまったのでした。

一人目の長女を妊娠していたとき、「ママ、紙おむつやめて!」(確かそういうような題名の本だった。あいまいな記憶。)という本を手にする機会があって、紙おむつによる悪影響を知りました。

紙のオムツは、「さらさらで快適!」と思いがちだけれど、かなりムレムレ状態だそう。

一回のオシッコでおむつ交換することは、経済的にも機能的にも、紙の場合、あまりない。そうなるとかなり蒸れるらしいのです。

使い捨ての生理ナプキンの使用感を思い起こせば、それも理解できます。そのナプキンで赤ちゃんのおしり全体を覆っているのが、化学系の紙おむつ。なので、できる範囲で布オムツにしてあげたいな~と思いつつも、二人の子どもの子育ては想像以上に毎日バタバタ、便利さ手軽さには勝てずにきてしまったのでした。

実は、わたし自身、2年ぐらい前から布ナプキンを使っています。やっぱり使い捨てのものと違って、すごく気持ちいいのです。これにしてから、生理がいやではなくなりました。むしろ楽しみなくらい。洗ったりだとか少々の手間は確かにあるけれど、使い捨てには戻れません。ゴミもでないし。

布ナプキンを使ってから、生理痛が軽くなったり、婦人系の病気が改善されたというような話もあります。化学系の使い捨てナプキンによる、体への影響はけっこう大きいらしいです。話が少しそれましたが。

うちは、上の子がアトピーなので、オーガニックコットンのドビー織りを使っています。

やわらかくって、洗ってもごわごわしないし、とっても気持ちよさそうなオシメです。

布オムツ、ちょっと手間はかかるけれど、気持ちいいがいちばん!

できる範囲で今後も続けていけたらな~と思っています。

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玄米生活。

一週間ほど前から、ついに玄米生活を始めました!

実家の母は、もうずいぶん前から玄米を食べてるけれど、どうもわたしは、なかなか始められず・・・・。実家で玄米を食べたとき、やっぱり玄米独特のくせがあって、なじめなかった。からだにいいことはわかっていたんだけれど。でもやっぱり玄米を食べたてみたい!!!ということで、ためしにネットでおいしい玄米を取り寄せたのです。

これが、とってもおいしかった!まず香ばしくて、噛むほどにやさしい甘さ。実家では、炊飯器の玄米モードで炊いているのだけれど、わたしは、お鍋で炊いてみました。本当は圧力鍋があるといいのだけれど(格段のおいしさだそう)、うちにはないので、ル・クルーゼのお鍋(これで白米を炊くとおいしい!)で炊いてみることに。

できは上々!浸水時間が短かったので、やや芯がのこってしまったけれど、やさしい、ほっとする味にできあがりました。

感動してしまってうちのダンナさんにもすすめてみた。「おいしいよ!食べてみて!!」

でも、「うーん、ま、おいしいけれど、なんで玄米?白米の方がおいしいよ・・」との答え・・・。

まっしろなご飯も確かにおいしい。でも、おひさまや大地の恵みをいっぱい受けて作られた、栄養がたっぷり詰まった部分を削ってしまうって、なんだか悲しい気がします。炊けた玄米をみて、なんだかお米そのものの力強い生命力みたいなものを感じてしまった。いつもの白いごはんよりも。

食って、おなかを満たすだけではないような気がします。心も満たして、体も満たして、生活も満たすような・・・

玄米って心にとってもやさしい味がします。そこにおひさまを見たり、大地をみたり、自然をみたり・・・

だんなさんには「極端だな」といわれてしまいました。確かにそうかもしれない。でも、あまりにも日々の生活に追われる毎日を過ごしていて、そういうことに心動かされることがなかったから、玄米でなぜかぱっと目が覚めた気がしたのです・・・

玄米のことだけじゃなく、旬の野菜についてもそう。季節季節のものを、感謝しながらいただく。食って結構宗教的だったりします。毎日忙しくて日々忘れそうになる大切なこと、食を通して思い出させてくれる。それは生活全般へと広がっていく気づきになる。感謝して謙虚な気持ちで過ごしていこうと。

子どもたちにも、食を通していろんなことに気づいてもらいたい。まさに食育!

玄米をきっかけに、マクロビオティックにも興味が出てきた。いろいろ本を読みあさっています。

無理の行かない程度に実践できたらな~と夢ふくらむ今日この頃・・・

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