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お気に入りのグラス

朝、目が覚めると、昨日そのままにして寝てしまっていた台所が、きれいに片付いていた。昨晩子どもたちを寝かせながら寝てしまったわたしに代わって、夫が洗い物などしていてくれたよう。「あら、お皿、洗ってくれてたのねぇ」とふきんの上に伏せてある食器をみながらありがたい気持ちになった。

と、ふと見ると、伏せてある食器の中にお気に入りのグラスがいつもらしくない様子でぽつん。よく見ると何重にもヒビが入っているではないか。ああ、やってくれたなあ・・・。お気に入りのグラスだったんだけどな・・・。

さっきまでありがとうって思っていたのに、そんな気持ちはあっという間に消えてしまって、今度は怒りがふつふつと沸いてきた。

腹立たしい気持ちでしばらくグラスをじっと見つめていた。

そういえば、前もこんなことがあったぞ!なんなんだ!いつも壊されるのは、わたしが大切にしているものばかり。もっと注意して洗ってよ!

なんて頭の中でぐるぐる・・・。

なんで? なんで? なんで?・・・・・??????

でも、

ちょっと待てよ。あの人だって、疲れていたはず。仕事して帰ってきて、疲れているだろうに、子どもたちのお世話もよくしてくれる。わたしが、ほげーっと寝てしまってる間に、疲れているわたしのことを思いやって洗ってくれたんじゃないか!

今度は、きれいに布巾の上に並べられた食器たちが目に入ってきた。

大切なものが壊れてしまうのって確かにとっても悲しい。だけどそんな自分の気持ちばかりにとらわれて、もっと大切な、大切な人の気持ちに気づかないのってもっと、もっと悲しいことなんだ。

お気に入りのグラスは、また形を変えてわたしのところにやってくる。それまで気長に待っていよう。

とりあえず、コーヒーでも飲もう。今日も一日、始まったばかり。

なぜだか、ちょっとすがすがしい気持ちになれた出来事。

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子どものじかん。

子どもたちとの時間は、晴れた日ならお散歩へ出かけます。近くの公園へ行ったり、近くの海や神社までお散歩したり。たいてい下の子(長男)をベビーカーに乗せ、長女と手をつないで、公園まで行き、公園でひと遊びしたら今度は海の方までお散歩します。海まで行くと防波堤に腰をおろして(なぜか長女はここで靴を脱いできちんとそろえてから座ります。)しばらく海をながめて帰ります。

公園までの道のり、海までの道のり、お話したり歌ったり、ゆるやかでやさしい時間がながれます。

子どもたちと部屋の中にとじこっもっていると、わたしも子どもたちも「きーっと」なることしばしば。やさしいおかあさんでいたいけど、そうもいってられない。いたずら盛りの子どもたちは、いろいろやってくれます。その点外にいると叱ることもほとんどないので、こちらも気持ちいいのです。なので、お散歩タイムは、ほんとにホッとひといきできます。ココロもカラダも深呼吸します。

おうちの中の遊びは、最近はもっぱら「おままごと」や「おかいものごっこ」。買い物袋に片っ端からいろんなものをいれていきます。最近いろんなものが行方不明でちょっとこまるけれど、本人はとっても満足そう。

「おままごと」の「ごはん」は、お散歩のとき見つけたどんぐりや松ぼっくりや、貝殻や積み木など自然素材のものがほとんどです。そういうものだから、大人の方も癒されるしココロが和みます。こどものテーブルコーディネイトに「すてきやねぇ」と感心させられることもしばしば。発想がやわらかいです。だからこちらも新しい発見に出会えたりします。ただただ子どもの「おままごと」につきあっているだけじゃなくて、「世界」を見せてもらっているという感じ。当の本人は、ただただくまちゃんのごはんをつくったりしているだけなのですがね!omamagoto

子どもの遊びに出来るだけじっくりつきあうために、午前中家事は早めに終わらせるように心がけてます(なかなかむずかしいのですが・・)。これがお互い気持ちよくすごすコツのような気がします。

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ちくちくと、 秋の夜長。

わたしの手帳。婦人の友社の主婦日記を愛用しています。

日々の予定や日記、雑誌記事の切り抜きや、いろんなリストや食べたものなんかまで、いろいろ記録しています。ちゃんと書いて、頭の中を整理しないと息苦しくなってしまうのです。

でもちょっと表紙が味気ないので、ブックカバーを作ってみました。もう10月。いまさらという感じがしないでもないのですが。フェルトでアップリケをつくって、刺繍もしてみました。ひと言で言うと「へなちょこ」な仕上がり。もう少し手を加えるつもりです。

しかし、「へなちょこ」はいいです。見ているとこっちまで、へな~と、ゆるーくなってきます。あまり出来はよくないけれど、ま、それも愛嬌でしょう?

それから、なぜだかいつも「おうち」のモチーフになってしまいます。かわいいおうちになるようにと、ちくちく針を動かします。見えないけれど おうちの中にはかわいい住人たちが住んでいて、かわいい生活を営んでいます。

秋の夜、手仕事っていいですね。

書くことと同じように、針仕事をしていると、なんだかココロが落ち着いてきます。子どもたちが寝静まって 静かな夜のまん中で、ただただ針を動かすだけ。わたしもやっぱり、小さなおうちの中で。

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きらきらのつぶ、コレクター。

とるにたりない毎日だけど、とくべつな毎日。

一日一日ていねいにすごしたいです。はれの日も、あめの日も、風の日も。

一日一日たいせつにすごしたいです。

小さなふたりの子どもたちは、まいにちすくすく成長しています。昨日できなかったことが今日はできるようになったり、めまぐるしい成長ぶりです。子どもたちとのくらしを通して、今まで気づかなかった世界に出会ったり、自分に出会ったり、新しい発見が多いです。子どもたちはときどき(と言うより、ほぼ?)、恐ろしいほどわたしを困らせるけれど。

ひとつ年下のだんなさんは、わたしにとって日々ますますかけがえのない人になっていきます。たまに「顔も見たくない!」とケンカもするけれど(仲直りするためのケンカ?であれば、まあいいな)。

こんな家族たちとのくらしの中で、わたしは きらきらのつぶ をひろいます。

ときどき見落としそうになるけれど、しっかり残さずひろいあつめたいです。

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